真言宗宗祖 弘法大師こうぼうだいし 空海くうかい

~お釈迦さまのご入滅にゅうめつから密教みっきょう へ~

kukai お釈迦さまが亡くなられた(入滅)後に多くの弟子たちが集まり、お釈迦さまが説かれた教えについて確認し合いました。これを結集けつじゅうといいます。

何回も結集がもたれてその教えがまとめられ、多くの仏教経典が編纂されました。そしてその教えはインドからアジア一帯に広がり、中国から日本へと伝わります。

お釈迦さまの教えはまた改めてご紹介します。

 

仏教はインドにおいて、自分自身の悟りを求めて修行する「部派仏教ぶはぶっきょう」から、自分以外のすべての人々の救済も願う「大乗仏教だいじょうぶっきょう」の教えが生まれ、その大乗仏教から即身成仏を説く「密教」が誕生しました。そしてこの密教を日本に伝え「真言宗」をお開きになられたのが弘法大師 空海 です。

 

空海(幼名 佐伯 眞魚さえきのまお)(774~835)は、宝亀ほうき5年6月15日、現在の香川県善通寺市にお生まれになり、15歳で都に上京して大学で仏教に出会い、20歳で出家得度しゅっけとくどされました。そして大和国 久米寺くめでらで密教経典『大日経だいにちきょう』にめぐりあい、31歳でその教えを学ぶために留学僧るがくそうとして唐に渡り、長安(現在の西安)青龍寺せいりゅうじ恵果阿闍梨けいかあじゃり(746~805)から密教の正統を受け継ぎ、大同元年(806)に多くの経典・曼荼羅・密教法具とともに帰国されました。